山口市歯科アクセスマップ

歯科医師紹介

あなたの大切な歯を長持ちさせ、生涯にわたって健康な歯を保てるよう全力を尽くします。
あなたの痛みをできるだけ早くとり、よくかめて、長持ちするよう、目に見えないところまで、ていねいな治療をすることを心がけています。
子供たちの歯を守り、むし歯のない永久歯列を目指します。
歯周病治療により、生涯にわたって自分の歯でかめるよう、治療・メインテナンスを行います。

DR
■加藤照彦
昭和10年生まれ 血液型O型
昭和36年 九州歯科大学卒業
昭和41年 加藤歯科医院開業
入れ歯は、技工士さんにまかせず、すべて自分で歯を並べてから完成させています。

こんにちは。長年この地、この場所で院長をしていた加藤照彦です。

私は宇部市床波の生まれで、昭和36年に九州歯科大学を卒業して、昭和41年に開業しました。

平成14年から息子といっしょに診療するようになり、平成22年3月より院長を息子にバトンタッチしました。

平成23年に76歳になりましたが、80歳まで「歯が大事、食べる楽しみいつまでも」の気持ちで頑張って患者さんの為に診療を続けていきたいと思います。

好きな言葉は、何事も絶対に最後まであきらめずにしかも雲のように、又流れる川のように物事に執着せず、自然のままに赴くままに行動することである。『行雲流水(こうう んりゅうすい)』の如(ごと)く。


DR
■加藤気白
昭和38年12月29日 山口県防府市生まれ
昭和41年7月 小郡町大正上にて父が加藤歯科医院開業
昭和51年5月 小郡町津市下(現在地)に移転開業
昭和57年3月 山口県立山口高校卒業
平成5年4月  神奈川歯科大学卒業
所属学会
・日本口腔インプラント学会
・日本歯周病学会

私、加藤気白は昭和38年12月29日に山口県防府市に生まれました。

予定より1ヶ月早く生まれてしまったので、お正月をゆっくり過ごそうと思っていた両親にとってはあわただしいお正月となったようです。

翌年の昭和39年には東京オリンピックが開催されました。

父も歯科医師で、昭和10年生まれ、九州歯科大学を卒業し、私が2歳のときに山口県吉敷郡小郡町大正上にて開業しました。

開業した場所は、当時は活気のある商店街の中にありましたが、今ではさびれたシャッター商店街となっております。12歳のときに現在の小郡津市下に移転開業し、現在に至ります。

小学校5、6年生のときに柔道少年団、中学校では軟式テニス部に1年間だけ所属、高校時代は帰宅部で、大学時代にゴルフ部に所属しました。

いろいろなスポーツや、自分の興味を持ったことに自由に取り組ませてもらえて、楽しい子供時代をすごせたと思います。

小さい頃から父の仕事を見ておりましたが、朝から晩遅くまで仕事をしていた姿を覚えています。建築に興味を持ち、高校卒業後2年間浪人して。法政大学工学部建築学科に入学しました。

しかし、大学での授業は私が入学前に想像していた内容とかなり違い、中途退学を決意しました。

その後、改めて自分の人生を考え、父とも相談して、歯科医師になることを決意し、神奈川歯科大学に入学しました。父の背中を見て育たなかったら、私は歯科医師になっていなかったかもしれません。

実際に歯科医学を勉強してみると非常に面白く、小さい頃から機械いじりや手先の細かい作業は元々好きだったので、歯科の仕事は自分に合っていると感じ、6年間真剣に勉強しました。

大学卒業後3年間、矯正治療をしている開業医の先生のところに勤務、次の1年間は国際デンタルアカデミーフェローシップコースにて補綴治療を学びました。

その時にインプラント治療をもっと勉強したいと思い、埼玉県の日本口腔インプラント学会指導医の先生のところで約7年間勤務し、インプラントについて様々な勉強をさせていただきました。

一つの専門分野だけでなく、幅広い知識と技術を身につけることにより、より良い治療を皆様に提供できるようになることを目指して頑張ってきました。

平成14年10月に山口県山口市小郡に戻り、現在に至ります。より良い治療を提供できるよう、これからも日々研鑽してまいりますので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。